『ベトナムを22時45分(日本時間0時45分)に日本に向けて飛び立つ』
8月3日(水)、ベトナム経済交流ミッション(最終章)を迎えた。泣いても笑ってもコレが本当に最後の帰国というミッション。ホーチミン市で最後の晩餐である中華を楽しんだ後、ホーチミン空港へと足を運んだ一行・・・。コロナ禍にも関わらず、難なく普通に搭乗手続きを終わらせて、手荷物検査を潜り抜けた。その後、結びの土産物色ということで、小池ペーパー先輩と様々なお店のあらゆるブレスレットの臭いを確認した。最も濃い臭いブレスレットナンバー1・2も決定し、いざ帰国に向けて飛行機に乗り込んだ。こうして、訪れた時と同じく機内食(朝食)や映画を楽しみながら約5時間のフライトを楽しんだのであった。実はこの時、腹に異常があった・・・。
朝一、羽田国際空港に到着し、早速検疫証明書となるMySOSの出番がやってきた。「MySOSの青の画面を見せてください!」の看板を掲げたスタッフに誘導されて、ながーい道程を右へ左へと歩いていく一行・・・。ながーい道程だったが、事前に青画面まで入力していたおかげで、スムーズに検疫並びに税関を通り抜けることに成功した。こうして、羽田国際空港→連絡バス→羽田空港→松山空港→家族出迎え→すしえもん→我が家の流れでベトナム経済ミッションの四日間をすべて遂行することができたのであった。
ベトナム経済交流ミッション(最終章)では、四日間関係各位の皆様方に大変お世話になりました。心から感謝申し上げます。また、コロナ禍にも関わらず、ベトナムの地(ベンチェ省)でベトジェットエアとの交流や各企業との交流を果たすことができ、愛媛県の未来を見据えたミッションに共に参画できたことに嬉しく思います。確実に爪痕を残すことができ、後世にもつながるミッションだったと思います。まだまだコロナ禍で油断を許すことができない状況ですが、今回のミッションのおかげで縮こまっていた自身の視野を広げ世界観を大きく伸ばすことができました。今の自身の英語力を試すこともできました。一愛媛県人として、再びオール愛媛でベトナムと愛媛県の栄光の架け橋に寄与できる日を楽しみにしております。ベトナム経済交流ミッションの四日間、本当にありがとうございました。fin
『松山空港→すしえもんへと移動』
家族が出迎えてくれていた松山空港・・・。実はこの時から腹の調子が悪かった私・・・。しかしながら、昼食時ということもあり、子どもたちも腹をすかしていたので、回転寿司(すしえもん)に行くことになった。食べてはみたものの、腹もそんなに痛くならなかった。
『我が家に到着』
昼食を終えて、我が家に到着した。荷物の片づけを終わらせて、一息ついていたら、なんと腹にえぐいほどの差し込みがあった。定期的な時間と共に襲ってくる腹痛・・・。堪えきれんので、妻に「薬を買ってきてくれ!」と頼んだ。ガスター10を購入した妻。飲むとあら不思議、一瞬で腹痛が治まったとさ・・・。とりあえず、よかったぜ。
『ベトナム経済交流ミッションの終焉』
ベトナム経済交流ミッション(最終章)では、四日間関係各位の皆様方に大変お世話になりました。心から感謝申し上げます。また、コロナ禍にも関わらず、ベトナムの地(ベンチェ省)でベトジェットエアとの交流や各企業との交流を果たすことができ、愛媛県の未来を見据えたミッションに共に参画できたことに嬉しく思います。確実に爪痕を残すことができ、後世にもつながるミッションだったと思います。まだまだコロナ禍で油断を許すことができない状況ですが、今回のミッションのおかげで縮こまっていた自身の視野を広げ世界観を大きく伸ばすことができました。今の自身の英語力を試すこともできました。一愛媛県人として、再びオール愛媛でベトナムと愛媛県の栄光の架け橋に寄与できる日を楽しみにしております。ベトナム経済交流ミッションの四日間、本当にありがとうございました。fin